2007年 06月 26日 ( 1 )
宮古島よりブログ発信いたします
みなさん、はじめまして。
宮古島はボックリーのチョッキ店長、トロッコ砂山でございます。
以後よろしくどうぞ。

じつはわたくしトロッコ、叙情的で文学青年のような風貌に反して、文章が大の苦手でございます。
しかしながら、わがバルーン先輩のほとばしるような華麗な文章に追いつけるよう頑張って行きたいと思いますので、どうかお付き合いくださいませ。

さて、まずはじめにわたくしと宮古島の出会いなどすこし。


わたくしが宮古島にやってきたのは今から13年ほど昔、震災や地下鉄サリン事件が起こるすこし前の冬のことでした。

わたくしは今で言うニート生活まっただなか、そろそろバイトでも探さなきゃおかあさんに泣かれちゃう、と求人情報誌をペラペラめくっておりました。
そのなかで何気なく開いた「リゾートで働こう!」のコーナーの一角に、「東京から三千キロ、南の島でこどもたちに勉強を教えませんか?塾講師募集」の文字が!
その時わたくしの中ではすでにブーゲンビリアの花に囲まれて可愛い子供たちに「くらむぼんはわらったよ」などど宮沢賢治を朗読して聞かせている自分の姿が広がり、気分は二十四の瞳の女教師になっていました。
募集要項の「大卒以上」の条件も無視して(わたくし専門学校卒であります)履歴書をせっせと書き始めたのでありました。

よほど応募した人が少なかったのか、それともわたくしの知性あふれる風貌がよかったのか、なんとか雇っていただけることになり、晴れて宮古島の地を踏むことになったのです。


しかし英語の五文型もろくに理解してないにわか塾講師がそのままうまくいくはずもなく、クビになりそうになったり、そこを何とかと食い下がり猛勉強して先生を続けさせてもらったりして、なんとか1年間勤め上げ、明日宮古を出ますありがとうございましたと挨拶に行った行きつけのイタリア料理店のご主人に「お前ここで働け」と拾われ、それからわたくしの本格的な終わりなき宮古島ライフが始まることとなったのです。

わたくしとバルーン中村との出会いもこの頃ですが、それはまた別の機会に。

へたくそな文章にお付き合いいただいてありがとうございました。


それではまた次回、ごきげんよう。


      トロッコ砂山
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by tetsu-115 | 2007-06-26 12:04